飛行缶 -SORA・TOBU・CAN-

デザインがカッコイイ缶を集め出したのが始まりでした。気づけば部屋中に大量の缶が。エピソードとともに整理しながら発表していきますので、おつきあい頂ければ幸いです。

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26 MSXの進化

NECのPC-8801mkⅡSRの登場で、パソコンの性能争いに拍車がかかった。
SRが登場した1985年は、まさに各メーカー革命の年だった。

同じ年、あのMSXシリーズが劇的な進化を遂げた。

MSX-4

ゲーム機に毛が生えた程度の
子ども用パソコンと揶揄されていたMSXだったが、
新規格の「MSX2」シリーズを発表したのだ。
それも

・色数512色表示可能
・1ドットスクロール可能
・FM音源搭載可能

と、いきなりの大変身をしたのだ。
初代MSXから考えると、その変身っぷりは
初代ファミコンが、ある日突然プレステ3に化けるぐらいの衝撃だ。
てゆーか、まだスーパーファミコンさえ登場していない時代にして、
専用ゲームソフトの画面は、ゲームセンターのゲームのようで、
店頭のデモ画面は注目を集めていた。


MSX2「LAYDOCK(レイドック)」プレイ画面(BGMは別物)

MSX2専用として開発されたT&Eソフトの「レイドック」は、
翌年1月に発売され、その美しいグラフィックと滑らかな動きは
当時のレベルでは他に類を見ないものだった。
当然、MSX2のキラーソフトとなり、他メーカーユーザーからも
羨望されるものだった。

性能の向上に従って本体価格も上がったが、
それでも当時の他のパソコンに比べて安かった。
こうなってくると、パソコンでゲームをしたいだけというユーザーにとって、
比較的安くて性能の高いMSX2は魅力的だった。

しかしMSX2は、MSXシリーズのさらなるシェア拡大につながらなかった。
他にも、かの名作「メタルギア」シリーズがリリースされたりと、
専用ソフトは強力なものが発売されたが、時代は御三家全盛期。
シェアの少ないMSX2用に、わざわざゲームを開発するメーカーは少なく、
リリースされたゲームの多くは、御三家で発売済みのものを
MSX2用にグラフィックを描き変えただけというものだった。

MSX2は、従来のMSXのゲームも使えるという親切設計だったので、
それまでのMSXユーザーがそのまま買い換えるという
プレステ2のようなパターンになることを期待されていたが、
MSXを買って遊んだユーザーは、すでに御三家に移行していた者も多く、
これからどうなっていくか分からないマイノリティのMSX2を選ぶ者は
あまり多くなかったようである。

それでも、MSX2の登場が衝撃的だったのには違いなく、
その存在は新御三家の発展にも影響を与えたのだった。

なに!? 今度はシャープが
1ドットスクロールマシンを出したって!?


・・・・・・・・・・・・マジで??

つづく
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