飛行缶 -SORA・TOBU・CAN-

デザインがカッコイイ缶を集め出したのが始まりでした。気づけば部屋中に大量の缶が。エピソードとともに整理しながら発表していきますので、おつきあい頂ければ幸いです。

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ハッピーバースデー

え~、こんばんは。

このブログ、本日をもちまして1周年となりました。

つまり満1歳の誕生日です。

ちょうど去年の7月30日に、

第1回を書きました。

それからいろいろありました。

真面目に素敵なデザインの缶を紹介していくという

主旨で始めたブログ。

途中から、変わりダネや色モノ的デザイン、

素敵どころか何とかしろよ的なデザインと

手当たり次第、気分次第で紹介していく形になり、

途中からは、全く缶とは関係ない

ゲームやパソコンについて語り出す始末。

そんな支離滅裂なブログも何とか1年続き、

カウントもやっと5000オーパーにこぎつけました。

そして、これからもさらに支離滅裂に

磨きがかかっていくことでしょう。

今後もどうか温か~い目で見守って頂き、

ご愛読よろしくお願いします。

ちなみに、ここ数日は体調を崩して

更新が滞りました。

満1周年は、ガンプラ作りつつ迎えました(笑)。


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39 初めてのコンピュータゲーム 2

さて、コンピュータゲーム、
次にくるのは、ブロック崩しゲームだろうと思ったが、
意外にもシューティングゲームだった。
つまり「撃ちあい」ゲーム。
「SPACE WAR!(スペースウォー!)」というタイトルの
対戦型ゲームで1962年に作られた。
宇宙船を操り、相手をミサイルで破壊するか、
画面中央にある太陽に突っ込ませれば勝ちというルール。
もちろん、こちらが撃たれたり太陽に突っ込んだら負け。

spacewar1 spacewar2

これもオシロスコープを使ったゲームで、
マサチューセッツ工科大学の学生がセミナー用に作ったものだったが、
著作権を放棄して、コピー・改造を自由としたため、全米に広がり、
最終的には世界初のアーケードゲーム(ゲームセンターのゲーム)となった。

spacewar3

オリジナルの動画は、やっぱり科学の実験みたいで
見てもいまいち面白くないので、アタリ社がアーケードゲーム用に
発売した改良普及版の動画がこれ↓。
海外のテレビゲーム紹介番組な感じ。

「Space Wars」 You Tube動画
http://www.youtube.com/watch?v=X58CdkLVr6A


実はこれ、小さい頃によく遊んだ大好きなゲームだった。
近所のショッピングセンターのゲームコーナーに置いてあり、
点数も何も表示されず、とにかく時間いっぱい敵と戦うという
普通のゲームとは雰囲気の違うゲームだった。
自分や敵が、いわゆるドット絵のキャラクターではなく
線で描かれただけで、壊れ方もその都度違うのが
日本のゲームにはないリアルさと美しさを持っていた。

しかも、動画を見て分かるように宇宙船の操作が難しい。
必ずしも船首が進行方向ではないのだ。
横を向いたまま前進ができたり、その場で回転したりで
慣れるまでなかなか大変。
さらに真ん中の太陽(当時はブラックホールだと思ってた)が
引力を持っていて、自分の船や弾が近くを通過すると曲がったりする。
慣性も働いて、急には止まらないし、まるで本当の宇宙みたいに動く。
これがスゲーかっこよくて、やりまくったねー。
得点もエンディングもないのにさ。

あれ? 海外製パソコンは意味わからんとか言ってたのに
海外製ゲームは好きだったのかな。
そーいえば、マーブルマッドネスとかも好きだったなぁ。
こんなに上手くなかったけどね。せいぜい3面ぐらいしかクリアできなかった。


ATARI(アタリ)「MARBLE MADNESS(マーブルマッドネス)」プレイ動画

つづく


まめちしき

papertape

当時のプログラムはカセットテープでもなく、紙に保存されていた。「鑽孔紙テープ」と言うもので、長い紙テープに穴が空いており、その穴の配列がプログラムになっているのである。古い映画やアニメでコンピュータが出てくると、リール状に巻かれたものがカタカタ動いてたり、博士がコンピュータから出てきたテープを見て「ふむふむなるほど」などと言ってるシーンがあったりするそれである。穴が空いてるか空いてないかで0か1をコンピュータが判断する2進法であり、つまりデジタル記録の基本である。1列に8個の穴が空いていれば1バイトで、8ビットパソコンの記録方法と同じこと。コンピュータで用いられる以前は、パンチカード式オルゴールなどに利用され、現存でもイベントなどで見ることがある。楽譜の音符部分が穴になっており、その穴が通過すると音が出る仕組み。もともと、普通のオルゴールも針金の出っ張りが音を鳴らすので、考え方は同じだね。


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バニラ誕生

夏ですな。
梅雨もあけましたかな。
いやいや、天気が悪くて
今日の日食は、まったく分からなかったね。
「え? 今なの?」
ぐらいの。
ツアーではるばる南の島まで行った人、ご愁傷様でした。
太平洋上の船ツアーは見られたみたいだけどね。
それはちょっと羨ましい。

で、今回は夏っぽいコーヒーをと思って、
まずは名前からこれをチョイス。

cool vanilla

ワンダ クールバニラ
乳飲料 190g
牛乳、砂糖、コーヒー、全粉乳、脱脂粉乳、
食塩、乳化剤、カゼインNa、香料
アサヒ飲料株式会社 (2008)


なにがクールでバニラなのか。
それと、このダークな花びらのデザイン。
それが気になって買ってみた。

飲んでみた。
ん~…、バニラと言えばバニラ? 
コーヒーではなく乳飲料なので、
バニラ風味の甘めのコーヒーみたいな飲み物
ってことか。

まぁ、これはこれでいいと思うが、
不思議とまた飲みたいとは思わなかった。
なぜだろう。
あえてこれをチョイスすることはない、てことかな。
クールバニラなので、本来は冷やして飲むものか?
いやいや、これの発売3月だから
完全にホットでしか売ってなかったぞ。

クールってのも、冷たいという意味ではなく
午後のひと息、気持ちを「クールダウン」するって意味らしい。
つまりは、「まぁ、落ち着け。」って時に飲むものと。

サントリーが「BOSSの休日」とか出したように、
いろんな場面にあわせてコーヒーを飲み分けましょうって
ことなんだろうけど、消費者ってそんなに単純なのかね。

まぁいいや。
これの特筆すべきはデザインだ。
「ワンダらしくない。」
それに尽きる。
ワンダシリーズは文字を全面に押し出したデザインが
主流で、色はグラデーションさせるぐらいだった。
それが、この「バニラの花びら」。
それにこの赤と黒というドス黒さ。
クールっていうより、毒々しい。
商品棚において確かに目立つ。
それはいい。
が、しかし、リピート心はくすぐらない。
デザインが奇抜すぎて、手に持っていたくない。
そんな感じがするデザインだ。

うーん。
抽象的な表現しかできないが、
ホント、そんな印象。

でも、これぐらい冒険してくれるのはいいよ。
ワンダのデザインて、無難なのばっかだし。

今度は冷やして飲んでみようかな。
バニラ風味が全然しなんかったりして(笑)。

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38 初めてのコンピュータゲーム 1

パソコンの歴史を語る上で、ゲームの存在を外すわけにはいかない。
なぜなら、ファミコンやプレステやX-BOXのように、
ハードの進歩は優れたゲームソフトによって後押しされるからだ。
以前にも少し書いたが、今回は年代を追って書いていこう。

コンピュータができた時、
技術者は人間の代わりに考えることができるものを望んでいた。
そこで、真っ先に考えたのは「チェス」をさせることだった。
コンピュータがチェスができるようになれば、
対戦相手を探す必要がなくなるからだ。
だが、それにはとても難しい論理プログラムが必要で、
実現したのはかなり後になってからだった。

世界で初めてプログラムによって作られたゲームは
「○×○ゲーム」だと言われている。
3×3の9マスに、交互に○と×を書いていき、
縦横斜めのいずれかで3つ並んだら勝ちという、
小学校の頃に校庭での朝礼や全校集会中に
体育座りしながら地面に書いて遊んだアレである。

TicTacToe EDSAC

英語で「Tic Tac Toe」というこのゲームは、
イギリスのケンブリッジ大学の大学院生によって1952年に作られ、
画面の記録が残っている、世界初のビデオゲームと言われている。
それを再現した動画がYou Tubeにある。
どうやら、マスの位置をダイヤルで指定する仕組みだったようだ。

「Tic Tac Toe」 You Tube動画
http://www.youtube.com/watch?v=nUev5xwdGGw


て、このダイヤル式電話機の存在も、今の子は知らないよね。

次に古いのはテニスゲームだ。
しかし、もちろん今の任天堂Wiiのようなものではない。
オシロスコープを画面として使い、真横から見たアングルで
地面とネットの線があり、ボールは放物線を描きながら
ゆっくり跳ぶ。 「Tennis for two」(1958年)というものだ。
まだゲームセンターなどというものは存在しない時代なので、
これもアメリカの原子力研究機関が、施設の一般公開時用に作ったもの。

tennis for two tennis for two 2

まるで何かの実験画面を見ているかのようだが、
当時はこれが話題になり、遊ぶために何時間も並んだそうだ。
これが、世界初の「一般人も遊んだビデオゲーム」とされている。

つづく


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コーヒー伝説

コーヒーネタは、まだまだ続くのです。

店はそこら中(?)にあるのに、
この商品は意外と見かけないかも。

「キャメル珈琲」という会社が経営する
主にコーヒー豆や酒、輸入食材などを売ってる
「カルディコーヒーファーム」という店。
そんなに古くからある店じゃないようだが、
イオンショッピングセンターには
必ずと言っていいほど入っているため、
イオンの急激な店舗数拡大とともにこの店も増えていて、
そこのオリジナル商品。

KALDI

カルディ伝説
コーヒー 190g
牛乳、砂糖、コーヒー、脱脂粉乳、乳化剤、カゼインNa
(株)キャメル珈琲 (2007)


コーヒー好きじゃない私がこれを買ったのは
半額の75円だったから。
雑然とした店内に、ごっそり山盛りで売っていた。
だから、そざかし不人気商品の余り物かと思っていたが、
置いてない店もあったり、定価の150円でしか売ってなかったりと
よく分からない商品である。
ホームページにも載ってないし。

中身については、飲みやすかったと思う。
コーヒー候というよりは、ミルクコーヒー風だから?
150円という、一般の缶コーヒーよりもお高い値段で、
さぞかし自信満々のクオリティなのかと思ったが、
75円で売っちゃってたぐらいだから、どーなんだろ。
ま、それなりに悪くなかったよ、という印象。
というか、ごめん、違いがわからない。
イオンでは、すぐ隣にスタバがあったりするんだが、
スタバよりもこの店のコーヒーを気に入ってる人とか
やっぱりいるんだろうな。

それはさておき、デザインである。
はっきり言おう。
この絵、好きだ。
なんかこー、絵本を思い出すような、ね。
誰が描いたんだろ。
真ん中のヤギが可愛いじゃん。
なぜか、片手あげてるし。

なんでヤギなのか調べてみると
「カルディ」という名前の由来もわかった。

コーヒーの歴史におけるいくつかの起源説の中に
「エチオピアのヤギ飼いの牧人カルディ(KALDI)が
山でコーヒーの実を食べたヤギが興奮状態になることに
気づき、いたことから発見した」というものがあって、
そこからとったそうな。
で、看板や紙袋なども、このヤギとヤギ飼いカルディを
模したデザインに統一されている。
なるほどねー。

ま、それはいいとしよう。
そして、この絵もいいとしよう。
しかし、商品名がねー。
あと、全体のパッケージングがねー。
どうしても安っぽい感じに見えるのは、
このイラストのせいなのか。
いや、ロゴや文字のフォントや配色で
もう少し何とかなると思うんだよなー。
まー、でもオリジナル商品にしては、いい方かなー。
ジェットブラックで全体を締めて、
下部に変な色のラインも入れてないし。
ただ、【コーヒー】という字がデカイと思うんだよなー。
無い方がいいと思うんだが、ほとんどのコーヒー缶にもあるし、
必ず入れなきゃいかんとか規定があるのかな。

あと、この絵、
ポストカードにして配布してくれんかな。


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37 英語とパソコンの関係

第1次パソコンブームのさなかにあっても、
私の周囲にアップル社やIBM社のパソコンを
持っているという人は皆無だった。

それもそのはずで、当時のブームは
国産機によるホビーユースによって成り立っていた。
白黒画面で日本語入力もできないような外国製パソコンに
当時の少年が飛びつくはずもない。
それらを購入する層は、もっと大人で、仕事用で
しかもデザイン系などオシャレで最先端好きな
人種だったろう。

話がそれるが、私が小さい頃は、
まだ外国人が珍しかった時代である。
街で外国人を見たりしちゃったらもう、

「外人だ! 外人がいたよ!!」

と、小学校で話題になるぐらいだった。
輸入車も少なくて、ベンツを見たら

「外車だ、外車だ。」
「ほらほら、ハンドルが左にあるんだぜ。」

と、子どもたちは珍しそうに覗き込む。
今では信じられない光景だが、
当時は都会でもそんなもんだった。

外国製品も珍しい時代で、
トミカも「Made in Japan」だったし、
電化製品も日本製ばかり。
今では当たり前となった「Made in CHINA」や
「Made in TAIWAN」なんて商品は、
まず滅多にお目にかかることがない。

そんな感じで中学生になったので、
外国製のパソコンなんて、ますます謎でしょうがない。
キーボードにカタカナが書いてないなんて、意味が分からなかった。
ま、実際には、プログラムを組む時にカタカナは使わないし、
アドベンチャーゲームも今のようにローマ字入力で遊べたので、
実はそれほど問題ではなかったのかも知れない。
また、初期のパソコンゲームは基本的に大人向けなので、
英語表記、英語入力のものも多かった。
そして英語といえば、こんなトラウマがある。

今年で30周年を迎えた「機動戦士ガンダム」は、
かなり早い段階でパソコンゲームになった。

GUNDAM ADV 1 GUNDAM ADV 2
「-ガンダム大地に立つ-」と「-翔べガンダム-」 ラポート社 1983~1984

内容はアドベンチャーゲーム。
アドベンチャーゲームとは、場面に適した言葉を入力して
物語を進めていくもので、雰囲気としては自分が物語の
主人公となり、次の行動を考えてキーボードで打ち込み、
それが妥当だと次の場面へ進んでいく、という感じ。
基本は「動詞+名詞」の形でコマンドを入力し、
例えば「ヒダリ ススム」と入力すれば、左へ行き、
「トル ホン」と入力すれば、本を手に取るという具合だが、
この「ガンダム」は、なんと英語入力のみしか対応していなかった。
「TURN LEFT」や「TAKE BOOK」などと、
英語でしか受けつけてくれないわけである。
なんて気取ったゲームなんでしょう。
作ったのはもちろん、日本のゲーム会社だったのだが。

さて、ゲームが始まって最初の場面はアムロの部屋。
テレビアニメと同じストーリーだとすれば、
フラウ・ボウと一緒に避難しなければならないはずだ。
となると、まずは部屋を出なければならない。
「LOOK DOOR」と入力すると
「カギガ カカッテイマス」と、メッセージが返ってきた。
ならばと、「OPEN DOOR」と入力すると
やっぱり「カギガ カカッテイマス」の返事。
「OPEN KEY」と入力しても反応なし。
「LOOK KEY」と入力すれば「デンシロックデス」と。
こうした場合は、ドアの横にあるパネルで暗証番号を
入力すればガギが開くというのがパターンだったりするが、
どうやらそれらしいパネルも暗証番号が書かれたメモもない。
「PUSH DOOR」!
「PULL DOOR」!!
「ATACK DOOR」!!!
何をやっても鍵は開かず、結局部屋から一歩も出られぬまま。
自分の部屋なのにカギの開け方がわからなくて出られぬとは、
なんて不条理なんだろうか。

さんざん辞書で調べて、「UNLOCK」という単語を発見したのは、
ゲームを始めてから2週間後のことだった。
だいたい「UNLOCK(カギを外す)」なんてマニアックな単語、
中学1年生が知ってるわけがない!!
てゆーか、大学受験まででも「UNLOCK」なんて習ってない!!
このゲーム、物語が進んでいって、戦闘場面になると
アクションゲームになったりするらしいのだが、
英単語を探すことに挫折して、そのまま放置プレイ。
ゲームはカセットテープだったので、シャアやミライさんの
声が録音されていて、それを聞いて楽しんでたなぁ。

まあ、そーゆー時代だったのだ。

というわけで、次回からは、これまでの8ビットパソコン時代の
パソコンゲームの変遷についても触れたいと思う。

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This is No.1 !

今日は雑談。
私はちょっと珍しい車に乗っている。

色も形も目立つ上に、数も少ない限定車。
子どもは指をさして喜び、
おばさんには外車と間違われ、
親や友人には乗りにくいと文句を言われる。
でも、とっても自慢の愛車。

今日、大型スーパーの駐車場に停めていたら、
パシャッとフラッシュが。
なんだ?と思ったら、外国人の2人連れが
デジカメで写真を撮っている。
もちろん、この車の。
まあ、正直時々あることだ。

以前も駐車していて、買い物から帰ってきたら
ちょっとオタクっぽい青年がいろんな角度から撮っていたので、
終わるまで離れてこっそり見守っていたことがあった。

しかし、今回は外国人だ。
正直、絶版車で型遅れのこの車について
知っているのだろうか。

と、しばらくしたら、その外国人が寄ってきて
窓越しに「ハロー」と挨拶をしてきた。
私はちょっとびっくりしながら、窓を開ける。
そしたら、その外国人は親しげに話しかけてきて、
「自分も同じ車に乗っている」というのだ。
車好きの人ならわかると思うが、
この手のマイナー車に乗っているというだけで
妙な近親感というか連帯感といか、
仲間みたいな感覚になってしまうから不思議だ。

そのアメリカ人はもっと写真を撮りたいというので、快く承諾。
車から降りて、気が済むまで待っていた。
そしてひと通り撮り終わると、
「何年製なんだい?」とか、
「エンジンはいじってあるのか?」とか、
「この色は珍しいね、ボクのは黒だ。」とか、
いろいろと聞いてきた。
私の車のホイールを指して、
「これは買ったのか?」とも聞いてきた。
確かにホイールも標準ではなく、
メーカー純正の限定物で珍しいものを履いている。
それが分かるということは、かなり知っているということだ。

「ボクの国では、これはとっても高いよ。」

そうだろうな、日本でだってきっと高いから。

というようなことを会話して、
そのアメリカ人は最後に「アリガトウ」と言って、
満足気に帰っていった。

いやー、久しぶりだよ、こんな出会いと会話は。
しかも全部英語で
一応聞き取れたし、返事できる範囲でしたけど、
もっと英語が話せたら楽しかったろうね。
質問にカタコトで答えるので精一杯だったよ。

「このホイールは、友人が同じ車の最新型を買った時に履いてたもので、
 違うメーカーのに変えると言うから安く譲ってもらったんだよ。」

という英文は、とっさに出てこなかったね。
英語がもっと喋れたら、彼ともっと仲良くなって
ツーリングとか行きたいものだね。

という珍事なお話でした。


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未来世紀ブラジル

なんてタイトルの映画が少し昔にあったが、
それとは全く関係ない。

BRICs(ブリックス)で知られるように、
近年のブラジルの経済的発展は目覚ましい。
国土面積が世界5位の大きさで、しかも資源大国。
今まで発展しなかったのがおかしいぐらいだが、
それもこれも先進国の搾取があったからだろう。

などと、政治的な話はさておいて、
今回はブラジル。

UCC-BRAZIL

珈琲探求 BRAZIL
ブラジル移民100年記念缶
コーヒー 190g
牛乳、コーヒー(ブラジル産コーヒー豆100%使用)、
砂糖、脱脂粉乳、乳化剤、カゼインNa
UCC上島珈琲 (2008)


え~、なになに?

1908年に第1回目の移住船「笠戸丸」が神戸港を出港して100年。
良質な珈琲豆の産地セラード地区でパイオニア的な
日系「シモサカ農園」産コーヒー豆を使用。
独自の焙煎方法による「芳醇な香り」と
100年の歴史が育んだ「豊かなコク」を是非ご堪能ください。

とな?

ほほお、2008年はブラジル移民から100年なのね。
そーかー。 歴史を感じる商品だなー。
UCC上島珈琲が神戸本社だからの企画だな。

そーいえば、ブラジル移民の話って歴史で習ったっけ?
ブラジルって日系2世がいっぱいいて、親日派で、
前大統領がフジモリさんで(逮捕されちゃったけど)、
地理的には地球の反対側だけど、
とっても日本と縁の深い国のはずなのに、
あんまり歴史の授業に出てこない。
移民についてもテレビなんかで何となく知ったぐらいで、
他にブラジルっつったら、コーヒーとリオのカーニバルぐらい?
なんでなんだろう。 
もしかして、政治的に隠蔽したい黒歴史なのか?
ブラジルって、一度ぐらいは行ってみたい国だが、
あのラテン系のノリにはついていけないだろうから
住むのは無理だろうな~。

で、これは神戸の自販機でゲット。
なんと期間限定ものだったらしい。 UCCによると
2008年1月28日~3月末まで、期間限定で発売します
って、買ったの2008年の12月だったんだけど…。
そんなに売れなかったのか?
ちなみに味は、私はダメでした。
シモサカ農園さん、ゴメンナサイ。
コーヒー通の人は、こーゆーのが好きなのかな。

デザインはゴールドを基調として、
「笠戸丸」らしき船のイラストが描かれている。
んー、まぁ記念缶だし、こんなもんだろう。
そもそもUCCにデザイン性を求めてはいかん。
なんつーか、缶のデザインについては全く洗練されておらん。
ダサイとか野暮ったいとか、そーゆーわけでもなく、
なんてゆーか、こー、ズレてる感じがするんだよなぁ。
もしかして、これが神戸のセンスなのか??
いや~? 見習いません。


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36 海外のパソコン 3

アップルⅡの成功から、アップル社は急成長した。
1980年に株式公開を果たし、同年「AppleⅢ」を発売。

Apple 3

コンピュータが売れるとなれば、市場に新規参入が始まる。
IBMがパソコンを売り出したのは、1981年のことで意外と遅い。

IBM logoIBM PC

IBM参入にも強気のアップルだったが、
アップルⅢの売り上げが伸びず、徐々にIBMにシェアを奪われ、
大損失を出したアップル社では、新たなパソコンが切望された。

その後のややこしいことは割愛して、1984年にはAplleの新機種
「Macintosh(マッキントッシュ)」、通称「Mac(マック)」が誕生した。
その名の由来は、北米でポピュラーなリンゴの品種名から。
当初の発売予定から3年も遅れての登場には、
徹底的にこだわったデザイン的美しさがあった。

Macintosh1 Mac logo

見た目が悪いという理由で拡張スロットをなくし、
同じくフロッピーディスクを取り出す時のボタンをなくし、
それどころか、外から見えもしない基板配線が美しくないと
作り直させたりもしている。 そりゃ、開発が遅れるわけだ。

しかし、その徹底したこだわりにより、
Macは「シンプルで美しいパソコン」として君臨。
シリーズは現在でもそのこだわりを貫き、
Windows全盛にあっても、揺るぎないファンを獲得し続けている。

Macが出たのは、奇しくも私の愛機シャープX1 turboの発売と同年であった。
店頭にもこのMacは並んでいたが、極めて奇異なパソコンに見えていた。
本体とキーボードが一体型なのはあっても、画面と本体が一体なのは、
国産機では存在していなかったからだ。
さらにフロッピーディスクのイジェクトボタンが無いとなると、
いったいどーやってディスクを取り出すというのか。

FDD up

当時の国産機では、フロッピーディスクを取り出すには
取り出しレバーを「ガッチョン」とひねるのが一般的で、
まさか画面上の命令でフロッピーが出てくるなど想像もできなかったのだ。
そして極めつけはキーボード。
カタカナが表記されていないのである。
そりゃ、そうだろう。 アメリカ製なんだから。
しかし、それではワープロで、どーやって日本語を打てばよいのか。
ローマ字入力など知らなかった私には、
「こんな変なパソコン使えるか~!」としか思えなかったのである。
だいたい、妙に小さくて四角い箱で、画面も9インチと小さい。
しかもこれが白黒画面なのだ。 これではろくなゲームもできない。
(当時は、テレビに接続できるなんて知らなかったから。)
いったい何のために存在しているのか見当もつかず、
きっとMSXよりも性能が低いに違いないと思っていた。

ま、実際にはかなり高性能で、特にグラフィック処理に長けていた。
レーザープリンタでの出力で画期的な「アウトライン出力」を実現し、
それまでネックだった印刷時のドットのガタガタを解消し、
現在に至るDTP市場を生み出したというのだから。

当時ガキんちょだった私は、そんなこと、ちーとも知らなかったけどね。



まめちしき

「アウトライン出力」とは、例えば文字(フォント)データが、「ドット(点)の集まり」ではなく「アウトライン(輪郭線)」で出来ているということ。ドットだと、拡大した際に、ドットも大きくなるのでガタガタになってしまうが、輪郭線ならいくら大きくしても滑らかな形になる。今では印刷技術の向上とともに当たり前の性能になっているが、当時の国産機ではそんな性能は持っておらず、文字を拡大表示したらガタガタになるのは当然のことだった。Macはそれを画期的に解消したパイオニアだったのである。

outline
        ドット文字               アウトライン文字

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缶の中心でファイヤを叫んだけもの

今日はこれ。
キリンのファイヤシリーズは、以前にも紹介したが、
その新商品。
発売直後に買ったんだけど、
もう1年ぐらい経ってしまいました。

FIRE AFRICAN

ファイヤ・アフリカン
コーヒー 190g
牛乳、コーヒー(タンザニア41%、ケニア20%)、砂糖、
全粉乳、脱脂粉乳、香料、乳化剤、カゼインNa
キリンビバレッジ (2008)


ヒョウ柄って! Σ(`□´)

もう完全にデザインだけで買ってみた。
ま、確かにアフリカンな感じはするかも知れんけど、
やっぱりヒョウ柄って! Σ(`□´)

見た目のインパクトは絶大で、コンビニでも目立ちまくり。
いや、個人的には好きだけどね、これぐらいやってくれると。
パッケージ的にも、うまくまとまってるし、ファイヤマークは
相変わらずエンボス加工で高級感あるし。

てゆーか、むしろ盲点だったかもね。
大阪人とかおばちゃんとか、ヒョウ柄大好きなのに、
ヒョウ柄の金属加工製品って、おんまりないよねー。
他メーカーもこれを見習って、ヒョウ柄の鍋とか、スプーンとか
作ってみてはどうでしょう。
いやー、ヒョウ柄って食欲そそるんかな。
野性が目覚めて、ガツガツいけたりして。

…ないか。

さて、味の方もさぞかしアフリカンなんだろうと思い、飲んでみた。
てか、そもそもアフリカンな味って、どんな味なんだ?
野性的? 濃厚? サバンナ?(←意味不明)

「ごっくん」

・・・・・ん~・・・・・、
至ってフツー。
濃厚どころか、アッサリというか、何というか…。

<挽きたて18時間以内抽出>
豊かな香りとコクのあるアフリカ産豆を61%ブレンド。
コーヒー豆を贅沢に使用し、挽いてから18時間以内に抽出。
甘さを控え、コーヒーのうまさとコクを際立たせたファイアです。


って、いうけどさ、やっぱり飲みやすさを追求すると
こうなっていくのかな。
タンザニア41%、ケニア20%って書いてあるけど、
それはコーヒー豆の割合であって、
190g全体の中でのコーヒーの割合が少ないのかも。
そういえば、缶コーヒーのコーヒー含有量ってどれぐらいなんだろう。

特にウマイともマズイともクドイとも感じず、
外見のインパクトに対して、ただただフツー。
完全に缶負けしてるような…。
そのせいか、これコンビニから早速消えたし。
やっぱり飲料である以上、味が肝心だろうし、
デザインが強くてもそれだけではダメということか…。 

うーん、やはりデザインとは付加価値であって
メインにはなり得ないのか。

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七夕


FC2トラックバックテーマ  第770回「七夕!短冊に書くお願い事は?」



↑というテーマがあったので、久しぶりに参加してみよう。

そうねぇ。 なんて書いてたかなぁ。

「テストで100点取れますように」と書いたことはない。
「金が欲しい」とか、「愛が欲しい」とか、そんなことを書いた記憶もない。
「世界人類が平和でありますように」とも書かない。

う~ん。 

ひとつだけはっきり覚えてるのは、

「スノーモービルに乗りたい」

と書いたことがある。 小学校の時に。

なんでスノーモービルなのかって、
たぶん冬にスキーに行って、スキー場で見たから…、
だったかな。
「007」をテレビで見て、そんなシーンが…あったか?
とにかく、妙に憧れていた時期があった。
普通のオートバイには興味がなくて、
なぜか突然スノーモービル。
マニアックだよねー。 季節も場所も限定されるし。
その希少性に惹かれたのかな。
ま、子どもの考えることだから。

涼宮ハルヒによると、
ベガとアルタイルまでの距離は
光速で25光年と16光年だから、
七夕の願い事は早くても16年後に叶うらしい。
それも、ハルヒの言う半額サマーバーゲンがあった場合。
キョンの言うとおりなら往復で32年後だ。
てことは、小学生の時の願いが、
ハルヒ理論で大学生か新社会人の頃、
キョン理論なら四十肩になった頃に叶うことになる。

そんな頃にテストで100点は取れないし、
クラスメートの可愛いあの子は、とっくに結婚してるかも知れない。
欲しかったファミコンゲームは100円で売ってるだろうな。
願い事が「総理大臣になりたい」だったら、
国会議員ぐらいにはなれてるかもしれない。

と考えていくと、七夕の願い事は刹那的なものではなく、
いくつになっても嬉しいことがいいような気がするな。

1億円拾いますように、とか?
宇宙人に会えますように、とか?
世界一のイケメンになってますように、とか?

て、そもそもなんで七夕に願い事をするんだ?
願い事をするなら、寺社に参拝してとかじゃないのか?

七夕というものは、アジアの節句らしいが、
短冊に願い事を書いて笹の葉に吊す風習は
日本だけで、江戸時代から始まったらしい。
だから現在でも、七夕の日や祭事の内容は地方によって違っている。
8月に七夕祭りやるとこも多いしね。

もしかして、七夕に短冊吊すのも、
商売がらみで始まったものだったりして。
江戸時代に紙屋とか笹屋が、何とか売りたいと考え出したとか。
恵方巻きやバレンタインのように。

…あり得る話だな。

ま、願うだけならタダだし、今夜も星空は見えないけど、
願っておこうかな。










世界人類が…。

















いや、すまん。 そこまでキャパは広くない。





私を助けてくれているすべての人たちが
これからも幸福でありますように。


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35 世界のパソコン 2

さて、ワンボードマイコンからの進化は
この「パソコンの歴史」の冒頭部を読んでもらうとして、
コンピュータ発祥のアメリカでは、
どういう発展をしてきたのか。

外国製のパソコンについては、あまり詳しくない上に
とっても詳しい方々がいっぱいいるだろうから、
ここでは簡単に書いておく。

まず、「ATARI(アタリ)」という、日本人からすると
ふざけた感じに聞こえる名前のゲーム会社がある。
ATARI logo

世界初のビデオゲーム会社で、
もともとはピンボールゲームから始まっているが、
カセットを入れ替えることで色んなゲームが
遊べるという家庭用ゲーム機を作って大ヒット。
それまでは内蔵されたゲームしか遊べないタイプで
当然、日本のファミコンの発売よりはるか前の話である。
そのアタリ社の技師を勤めていたスティーブ・ショブズ氏と、
もともとは計測器メーカーだったヒューレット・パッカード社に
勤めていたスティーブ・ウォズニアック氏は
地元のコンピュータ・マニアの集まりで知り合った。

当時、インテルが発売したマイクロ・プロセッサを使った
「Altair8080(アルテア)」というキット型のコンピュータが
アメリカで売れていた。
Altair8080
この手のワンボードマイコンは日本にも輸入され、
日本製でもNECのTK-80が同じプロセッサを使用している。

それを見たジョブズとウォズニアックは、
「もっと安くて簡単でいいものが作れる」
と別の会社のマイクロ・プロセッサを使った試作機を作った。
その3ヶ月後にApple社を立ち上げて、
組み立て式コンピュータを販売した。
それが「AppleⅠ(アップル・ワン)」(1976)である。
「AppleⅠ」は組み立て式なので、製品としてはCPUしかなく、
ボディーケースやキーボードなどは自前で用意しなければならなかった。
よって、下の写真の木製筐体はオーナーの自作だろう。
家庭用テレビへつなげたり、BASICが使えたりと、
基本性能は備えていた。 生産数がわずか200台
右の絵は、アップル社の最初のロゴマーク。

Apple I Aplle logo 1

彼らは会社を退職して、翌年には「Ⅰ」を改良した「Apple Ⅱ」を発売。
世界で初めて個人向けに作られた完成品コンピュータとして
大量生産・大量販売されたマイクロコンピュータである。
これが累計500万台以上と爆発的に売れた。
売れた要因として、「AppleⅡ」発売の際に販促として「Ⅰ」ユーザーへの
無償交換キャンペーンでグレードアップを行ったこともあげられる。
これにより「AppleⅠ」はほとんど現存しておらず、
今では数百万円で取り引きされるほどのレアな機体となってしまった。

Apple II Apple logo 2

売れたもうひとつの理由は「オールインワンコンピュータ」であること。
本体、キーボード、モニターが揃っていて組み立てる必要がなく、
画像出力、音声出力、外部装置との接続、プログラム用言語などを
全て初めから内蔵しており、買ってきて電源さえ入れれば、
誰でもすぐに使えるというのが、一般層のハートをわしづかみにしたのだ。
今では当たり前のことだが、パソコンが一部マニアによるものだった時代に、
これは画期的だったに違いない。
しかも、付属モニターは白黒だが、テレビにつなげばカラー表示もできる。
これにより、ゲームもたくさん作られた。 子どもの心もわしづかみである。
ロゴマークが6色になったのも、それを表している。

さらに売り上げを伸ばした理由は、日本では高価だったために普及が遅れた
FDD(フロッピーディスクドライブ)が安価で市場に出回ったことである。
FDD版で売られたアップル用の表計算ソフトは、
ビジネスはおろか、教育現場や一般家庭でも広く受け入れられた。
アメリカでは、サラリーマン家庭でも確定申告が必要だというから、
そりゃ、毎日忙しいサラリーマンが、
カセットテープのロード時間なんて待ってられんよなぁ。

AppleⅡ
AppleⅡ FDD2基搭載タイプ「europlus」

日本では、このアップルⅡ成功の翌年に、
シャープが完成品コンピュータ「MZ-80K2」を発売している。
NECの「PC-8001」登場はさらに翌年。
FDDが定着するのは、さらに4年後になる。

つづく

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ブラジリアン11

うまいコーヒーってなんだろう。

私はコーヒーをあまり飲まないと散々書いてきたが、
歳をとるごとに、少しずつ飲むようになってきた。

個人的な記憶では、水出しアイスコーヒーがうまかった。
コーヒー独特の苦みや酸味、渋みが押さえられてて
スッキリとしたうまさだけが味わえた。
東京は高田馬場から早稲田大学周辺を散策した時に、
名もない喫茶店で飲んだヤツだった。

学生の時に一杯3000円もするコーヒーを、
話のタネに飲みに行ったことがあるが、
普通のコーヒーの10倍うまい!
とは思わなかった。
てゆーか普通?

高いからって高い分うまいとは限らない。
東京の人間は高い金出してうまいものを食べたことを自慢し、
大阪人はうまいものを安く食べたことを自慢するというが、
私も大阪人の考え方が正しいと思う。

高い金出してうまいもん食べたら、
そりゃ当たり前の話で自慢でも何でもない。
それはおいしいものを食べた自慢ではなく、そんな高いものを
食べられるぐらい自分は金持ってるぞ、という自慢である。
東京人にそんな話をされたら「だから?」と冷たく言い返してみよう。

逆に、安かろうまずかろうも当然のことである。
マクドナルドの100円のプレミアムコーヒーはまずい。
マックは自信満々に発売してたが、
あれ買うなら缶コーヒーの方がいいな。
それともあれも通の味なのか?

モスバーガーのコーヒーもまずかった。
あまりのまずさに、コメダコーヒーに
飲み直しに行ったぐらいである。

ドトールコーヒーは、周囲の評判は悪くない。
ただ、私は店に行った記憶がない。

やはり水出しコーヒーを超えるものを知らない。
というか、単にアイスコーヒー好き?

というわけで、何の脈絡もなく今回はこれ。

DAYDO11
D1 エスプレッソ11
ブラジル厳選11農園指定
コーヒー 190g
牛乳、コーヒー、砂糖、クリーム、脱脂粉乳、
カゼインNa、乳化剤、甘味料(アセスルファムK)
ダイドードリンコ (2009)

今年最初に発売された、ダイドーの新製品。

香り高さを追求するため、
厳選したブラジル11農園のコーヒー豆を100%使用。
さらに、独自のリアルエスプレッソ抽出で
コク深い贅沢な味わいに仕上げました。


という売り文句だが、正直言って私は飲めなかった。
いや、まず最近流行りの微糖が苦手なので。
ま、それだけコーヒー然としているとも言えるんだが、
逆にエスプレッソと銘打ってるわりには、
スッキリしすぎて、コーヒー好きの人には物足りないかも。

って、何を偉そうに味について書いとるんだ。
いやいや、この缶を買ったのも、
まず寒くて温かいものが欲しかったのと
見たことないデザインの缶コーヒーが売ってたから。

ダイドーってね、時々素晴らしいデザインを
出してくるんだけど、大抵はイマイチな感じがするんだが、
これはどうかというと、もちろんイマイチな方。
色合いといい、南米な感じはバリバリ出てるんだがなぁ、
なんだろうなぁ。
それほど悪いデザインとも思わないんだが、
何かがダサイんだよなぁ。
なんで底面に緑色を配色するかなぁ。
この辺、2流デザインの定番なんだよなぁ。
ここまで奇抜なデザインをやってくれるなら、
全面黄色でいって欲しかった。

ただ、最近の缶コーヒーデザインの傾向として
金銀またはメタリックのカラーリングや
白黒といったものが主流なので、
これだけベタな黄色系暖色バリバリのデザインは珍しい。
その辺の冒険心は認めたいな。

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34 世界のパソコン 1

ずっとパソコンの歴史を語ってきたが、
気づいてる人は気づいてるかも知れない。
実は外国製のパソコンを全く無視してきたのだ。

コンピュータの歴史を真面目に語ろうとしたら
アメリカを無視するわけにはいかない。
しかし、そこからやり出すと、もうこのシリーズ、
1000回ぐらいまでいっても終わらない気がする。

なので、ちょっとまとめてみる。

まず、コンピュータのことを「電子計算機」と言うが、
それは歯車などを組み合わせて作られた
物理的な「機械式計算機」に相対する名称である。
プログラムによって動作する計算機。
それがコンピュータと定義される。

世界初のコンピュータは、
1942年にアメリカのアイオワ州立大学の教授と学生が開発した
「アタナソフ・ベリー・コンピュータ(Atanasoff-Berry Computer)」、
その頭文字をとって「ABC」と呼ばれたものとされている。
300本ほどの真空管と論理回路、入力用パンチカ-ド読取機、
記憶磁気ドラムなどで出来ており、その後のコンピュータの
基礎となる多くのアイデアが散りばめてあった。

そのアイディアをもとにして、米国陸軍の予算で開発され、
4年後にペンシルバニア大学で発表されたコンピュータが
「Electronic Numerical Integrator and Computer」、
頭文字をとって「ENIAC(エニアック)」であった。

ENIAC ENIAC 2

18,800本もの真空管、7万個の抵抗、1万個のコンデンサ、
6,000個のスイッチからなる大規模な電子計算機で、
その床面積は100平方メートル、重量は約30トンもあった。
この超巨大コンピュータ、当時は大砲の弾道計算などに
使われる予定だったが、第2次大戦が終わってしまったので、
完成後は原爆のシミュレーション計算などに使われた。
マンション2戸分ほどの広さに設置されたエニアックだが、
その性能は当然今のパソコンの足元にも及ばない。

て、そもそも真空管なんてものを現代っ子は知らないだろうなぁ
はるか昔はテレビにもラジオにも使われていたものだったが、
今じゃ、お目にかかることは、まず無理な部品(↓)。

shincookan shincookan2

さて、こんなコンピュータはあくまで大規模研究用であり、
個人が持つなどとんでもないものである。
個人が持てるマイクロ・コンピュータ(マイコン)が
作られるには、まず小型化を実現する技術が不可欠だった。
そのためには、真空管にとってかわるものが必要で、
電子回路は「トランジスタ」(↓左)へ、
さらに「LSI (IC)」(↓右)へと進化。

trungista IC

そして「インテル」が開発した「マイクロ・プロセッサ」という
半導体(↓左)が誕生する。 これが1971年のこと。
先述の「ENIAC(エニアック)」ほどの性能が、
この手のひらサイズ以下の小さな半導体で、
可能になったのである。

MCS TK-80

実はこの半導体、作ったのはインテル社だったが、
それは日本の小型電卓に利用するためだった。
だから、当初は半導体の販売権は日本が持っていた。
しかし、その後インテル社はその利用性の高さに気づき、
日本から半導体の販売権を買い戻している。
それがワンボードマイコン(↑右)の心臓部として利用され、
今のパソコンへの起源となったのである。

intel logo 1 microsoft 1

もしこの時、日本が販売権を手放していなかったら…。
今のウィンドウズパソコンではなく、
日本製のパソコンが世界を席巻し、
ビル・ゲイツは日本に頭が上がらない、
なんてことになっていたかもしれない。

つづく

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