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飛行缶 -SORA・TOBU・CAN-

デザインがカッコイイ缶を集め出したのが始まりでした。気づけば部屋中に大量の缶が。エピソードとともに整理しながら発表していきますので、おつきあい頂ければ幸いです。

10 MSX誕生

何度も言うが、1981年からのマイコンブームは凄かった。
それゆえ、各家電メーカーは何とかブームの波に乗ろうと
独自機能をひっさげて、マイコン市場への参入を試みた。
だが、あまりにも強い御三家の存在により、
生存競争に敗れた後発メーカーは、独自の開発を断念せざるを得なかった。

その敗因は、主にゲームソフトなどの供給が得られなかったことである。
当時のマイコンは、各メーカーが独自にコンピュータのシステムを構築しており、
覇権争いのために独創的な機能を組み込んだりしていたので、
同じ8ビットマイコンといっても、プログラムの共通性はなかった。
よって、ソフトを供給する側も各メーカーのマイコンに合わせて
プログラムを変えなければならなかったのである。

Planet Mephius
        ↑同じゲームでも、機能が違うので画面も変わってくる

普及台数の少ない新規参入のマイコンのためにプログラムをわざわざ作るのは
ソフト会社側としても採算が合わない。 結果的に対応ソフトがあまり作られず、
ソフトがなければユーザーもそのマイコンを買わないという図式なわけであった。

しかし、こんなビジネスチャンスを逃すのはもったいない。
そこで、御三家に破れたメーカーは一致団結して
新しい形のパソコンを作り出すことにした。

「MSX」の誕生である。

「MSX」とは、1983年に発足した統一規格パソコンの名称である。
名前の由来はもちろん「Micro Soft(マイクロソフト)」。
ビル・ゲイツの侵略がすでにこの時点で…!!
というわけでもない。
MSX規格には確かにマイクロソフトが絡んでいるが、考えたのは日本人。
実際には「松下」と「ソニー」の間で話が持ち上がったので、
2社の頭文字をとって…という話もある。
また、「X」の意味についても諸説あり、真実は意外と確定していない。

ま、そんなことは当時はどうでもよくて、
御三家に対抗すべく生まれた「MSX」の存在意義は明確だった。
仕様を共通化する事で各社の設計コストを低減することができ、
家庭用テレビにつなげることができるため専用モニターが不要で、
従来のパソコンとは比較にならないほど安価に販売することができた。
市販ゲームも、同年に発売されたファミコンと同様にカセット方式を採用。
「プログラムも組めるゲーム機」という位置づけで、販売台数を伸ばした。

MSX6

MSX企画のパソコンについては、本体やカタログ、
ゲームソフトのパッケージなどに、必ず「MSX」の商標ロゴが入っている。
MSX規格に参加したのは、日本のメーカーだけでも15社、
海外メーカーまで合わせると25社にものぼった。
その中には、キャノンやビクター、ヤマハといった、パソコンとは無縁だった
メーカーもあり、販売ルートも家電流通だけでなく楽器流通でも売られた。
それにはつまり、シンセサイザーの制御用という使い道もあったからだ。

MSX3

8ビットパソコンとしての性能は御三家より遙かに劣るものの、
安くて、テレビにつなげられて、ゲームもできて、プログラムもできる。
親が子供に買い与えられる安価な入門用パソコンとしてMSXは広まった。 
私の友人でも数名が買った。

このMSXという統一規格が、現在のWindowsパソコンの設計思想の
基礎といってもいいだろう。 それについては次回。


つづく。


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9 マイコンを買う理由

なぜ、それほどまでに「御三家」は強かったのか。
理由はひとえに「ソフトの豊富さ」にある。

new3

8ビットマイコンの市場は、「ホビーユース」に支えられていた。
ビジネスではなく、個人が楽しむプログラミングやゲームなどのために
マイコンを購入するというユーザーが大半だったのである。
もちろん「ゲームしたいからパソコン買って」などと言っても
スポンサーである親が納得するはずがない。
しかし、マイコン購入にはexcuse(言い訳)をつけることができた。

「絵が描けて勉強になるから。」
「音楽を作れて勉強になるから。」
「プログラムが英語の勉強になるから。」
「プログラムでグラフとか作れて数学の勉強になるから。」
「ワープロとして使えるよ、お父さん。」
「家計簿も作れるよ、お母さん。」

「勉強」という二文字に親は弱い。
加えて「これからはコンピュータの時代」と、世間がはやし立てる。
「これからの時代はBASICぐらい組めないと」などという、
今となっては全く無意味だった強迫観念やスタンピードによって、
子どもはまんまとスポンサーの首を縦に振らせることに成功するのである。
私を含め、私の周囲のほとんどの同級生は、こうした手口によって
マイコン購入を実現している。

しかし、言うまでもなく子どもの真の目的はゲームである。

game4

となると、いくら性能がよくてもゲームソフトが少ないマイコンは買いたくない。
ゲームが多い機種と言えば、歴史が長くユーザーも多い御三家だ。
本体の絶対数が多いのだから、ゲーム会社もこぞってゲームを出す。
こうして新しい顧客も、結局「御三家」のどれかを買うことになるのである。
ちょうど、プレステ、セガサターン、ニンテンドー64の覇権争いで
ゲームの豊富さでプレステが勝利したような構図である。

ここで、現代っ子は疑問に思うことがあるだろう。

「パソコンのソフトって、どのメーカーのパソコンでも動くんじゃないの?」と。

確かに、今のパソコンは、NECだろうと、富士通だろうと、シャープだろうと、
ソニーだろうと、東芝だろうと、パナソニックだとろうと、エプソンだろうと、
海外製だろうと、どのパソコンでも同じようにソフトは動く。
はっきり言って、メーカーごとに違いがあるのかと探す方が難しい。

windows4
  2009年現在のNEC(左上)、富士通(右上)、シャープ(左下)、SONY(右下)

ぶっちゃけた話、今のパソコンは95%が同じ材料でできている。
性能(スペック)は、どのメーカーも似たり寄ったりをラインナップしていて、
違いといえばデザインか、保証制度か、ブランドイメージぐらいだろう。
こうした現状は、ひとえに「Windows」という「OS」の存在が可能にしたことなのだが、
それについては次回に書くことにする。

とにかく、こうして新規ユーザーも増えて「御三家」は我が世の春を謳歌していた。

だが、時代は常に流れているのであった。

つづく。

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8 第1次パソコンブーム

話を新御三家に戻そう。

NEC、富士通、シャープの新御三家は勢力を拡大する一方だった。
ほぼ毎年新製品を発表し、最盛期には細かなバージョン違いも含めて
1年間に8機種もリリースしたメーカーもあった。
まさに第1次マイコン(パソコン)ブームの到来である。

他のメーカーも、指をくわえて見ていたわけではない。
この波に乗ろうと、東芝、カシオ、三菱、ソニー、松下も参入。

PASOPIA etc
   東芝「パソピア7」、日立「S1」、カシオ「FP-1100」、三菱「マルチ8」

特に東芝の「パソピア7」は、横山やすしを起用した宣伝もあって、
知名度もあった。 そして各メーカーがイメージキャラクターとして
芸能人を起用するようになったのも、この頃からである。

マイコンがビジネスではなくホビーユースになるに従って、
トミーやバンダイといったおもちゃメーカーも
子ども向けの安価なマイコンを発売した。

Toy's com
トミー「ぴゅう太」、バンダイ「RX-78」、カシオ「楽がき」、タカラ「ゲームパソコン」

例えば、バンダイ「RX-78 GUNDAM」は、59,800円。
トミーの「ぴゅう太」にいたっては、19,800円という安さである。

だが、各メーカーがそれぞれ覇権争いを目論み、
特色を出そうとして、当時のマイコンは仕様がこんがらがっていた。

色がたくさん出せて、きれいな絵が描ける。
音がたくさん出て、作曲ができる。
ビデオの映像に文字を重ねることができる。
日本語でBASICプログラムが作れる。

今では全ての機能が1台のパソコンでできてしまうが、
当時そんなものを作ったら年収分ほどの値段になってしまうので、
各メーカーはどれかに特化した性能を売りにしようとしていた。
例えばソニーの「SMC-777C」は、4096色のうちから16色使えるとあって
店頭デモ画面の美しさは当時としては群を抜いていた。

SMC-777C

通称「HiT BiT(ヒットビット)」と呼ばれたソニーパソコンもそこそこ売れたが、
最終的にはいずれのパソコンも「御三家」の牙城を崩すことはできず、
ほとんどのメーカーは、独自のマイコン開発を断念せざるをえなくなる。

つづく。




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7 パソコンはどれぐらい速くなったのか?

マイコンの開発競争激化の話の前に、
今回は基本用語と基礎的知識について書いてみようと思う。

1980年代のマイコンは「8ビット」だと書いた。
8ビットとは、1度に8個の仕事を同時にこなすことができることを言う。
ま、つまり社員が8人いる会社だと思えばいい。

パソコンの性能は、まず「CPU(中央演算処理装置)」のビット数で決まる。
CPUとはパソコンの心臓部で、基本性能はこのCPUで決まる。
CPUは基本的にパソコンの基盤にくっついていて、
素人はあんまり取り替えたりはしない。
今はインテル社のPentiumやCelelonなどが有名だが、
マイコン時代はザイログ社のZ80↓やモトローラ社の6800というCPUがメインだった。

Zilog Z80

さて、御三家マイコンは8ビットだが、最新のパソコンは64ビットである。
プレステなどのゲーム機や携帯電話、デジカメや液晶テレビでさえ32ビットある。
当時のマイコンは、今の携帯電話以下の処理能力だったわけだ。
社員8人の会社と社員64人の会社なら、
「なんだ、8倍になっただけか」と思ったら大間違い。

パソコンの性能は、「メモリ」の数でも大きく変わる。
メモリはRAM(ランダムアクセスメモリ)とも言って、
パソコンがハードディスクなどの記憶装置に頼らず、
仕事を覚えていられるために必要なものである。
メモリはバイト数で表され、8ビット(8人)で1バイトと言う。
資料やファイルを見なくても頭の中で覚えてるから、
スラスラと仕事ができる。 仕事の能率に関係するよね。 
ひと晩寝たら(電源切ったら)忘れちゃうけど。
memory
メモリは薄い板状のもので、今のパソコンはスロット式になっていて
素人でもハメたり外したりの交換が簡単にできる。
昔のマイコンでも一部増設はできたが、あんまり触らなかった。

新御三家のマイコンのメモリは64KB(キロバイト)が主流だった。
64KBっていうと、今では携帯電話で撮った写真1枚分ぐらい。
現在のパソコンのメモリは2~4GB(ギガバイト)あたりが主流だが、
これをバイトに変換すると

1GB=1,000MB(メガバイト)=1,000,000KB=10億B(バイト)

なので、今の4GBパソコンは64KBマイコン62500台分に相当することになる。

昔は社員8人で資料を64ページ覚えるのが限界だったが、
今は社員8人で400万ページ覚えられるってこと。
これが社員64人なら3200万ページ覚えられることになる。
それが何も見ないで仕事できるんだから、そりゃ速いわけだ。

ちなみに、処理の速さを表すクロック周波数というものもあり、
これは仕事をいかに早くこなすかというスピードに影響する。
これも当時のパソコンは4MHz(メガヘルツ)が主流で、
今は3~4GHz(ギガヘルツ)とかだから、単純に600~800倍速くなったと言える。
1時間で1枚しか書類が書けなかった社員が、800ページ書けるようになったってこと。

これらを全部計算していくと、
CPUが8倍、メモリが62500倍、速さが800倍になったのだから、

8×62500×800=400000000
今のパソコンは御三家時代より4億倍の性能というわけである。

もっとも、仕事の内容も複雑になっているので単純には比較できないが、
同じ仕事をしたとしたら、
今は1日で終わる仕事が、
昔は100万年かかることになる。 


今ではあたり前となった3D(3次元立体)の画像。
例えば「Word」で文字を立体的にする機能があるが、あれは文字の大きさや
奥行きの長さ、光の向きや影の濃さを一瞬で計算して表示してくれる。
これと同じことを20年前のマイコンでやろうとすると、1時間はかかるのである。

3DCG

あるいは、こんな画像↑を作ろうとしたら最低3ヶ月はかかるかな。
私の友人は、花瓶とリンゴの3D画像を表示しようとして、
マイコンを丸3日つけっぱなしにしていたことがあるが、
それでも全体の3分の1ほどしか表示されていなかった。
今だったら1秒とかからないだろう。

これって、すげー話じゃない?

つづく。




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6 今は亡きカセットテープ

今日は、プログラムをどうやって保存していたかの話。

こんな時代でも、すでにFD(フロッピーディスク)が存在していた。
存在はしていたが、パソコン本体と同じぐらいの値段がするので、
誰も持っていなくて見たこともなかった。
ましてやHDD(ハードディスク)など、影も形もなかった。

FDD
↑こんな3.5インチの2ドライブなんて、20万円以上した

しかし、プログラムは保存したいし、市販のゲームだって売っていた。
どうやって保存したり売っていたりしたのかというと、
カセットテープである。

と、若い人に言ったら

「またまた嘘ついて~。」

と信じてもらえなかった。 いや、ホントなんだって。

ファックスをすると電話口で

「ピー、ギャギャギャギャ、ピー」

という音がするが、
あんな感じでプログラムを音に変換して記録していたのである。
だから、当時のプログラムが入ったカセットを普通にラジカセで聞くと、
それはもう、トランスミュージックのような雑音が奏でられるのであった。

ちなみに、プログラムをパソコンに読み込ませることを「LOAD(ロード)」、
保存することを「SAVE(セーブ)」と言った。 

会社とかで、

「あ、セーブできてない!」

って言った人がいたら、たぶん昭和40~50年代生まれの人だろう。
今は普通に「保存する」って言うもんなぁ。

カセットテープは、普通の音楽用でいいのだが、録音時間が長いと
テープが「伸び」たりして、保存や読み込みが失敗しやすい。
だから、「プログラム専用カセット」と銘打って売っていたものもあった。
なんのことはない、「10分テープ」って短くしただけなんだけど。

MZ-80

当時のマイコンは、シャープのようにカセットレコーダーを内蔵したものもあり、
シャープ製を買った人は、その日からプログラムの保存や読み込みができたが、
たいていは別売りなのが一般的。 理由は2つ。

まず、プログラムの保存が必要なほど
パソコンを使いこなす人が少なかったから。
入門機として買った場合、短いプログラムを打ち込んでは、
その日のうちに消してしまうのが普通だった。
わざわざセーブして残しておこうなんていうほど、
複雑なプログラムを組むような素人は、まだ少なかったのだ。
 
もうひとつは、音楽用のカセットテープレコーダー(ラジカセ)で代用できるから。
パソコン用は「データレコーダー」と呼んでいたが、1~3万円ほどするので、
プログラムの読み書き専用に買うには決して安い買い物ではない。

DATA RECORDER

本格的にパソコンでプログラムを組むのでなければ、データレコーダーは
宝の持ち腐れになってしまうから、メーカーも別売りにしていたのだ。

だが、このラジカセで代用するのは、かなりデンジャラスだった。
音楽を再生するには、ある程度のノイズや速度ムラがあっても問題ないが、
パソコンのデータとなると、そんなものがあっては正確に読み込んでくれない。
せっかく何十分もかけてプログラムを読ませても、最後の最後で

「ピーッ」 ←この音が心臓に悪い。

「Read Error(読み込み失敗)」

とか出ると、それはそれは悲しい気持ちになった。
こうした失敗を繰り返して少年は大人になり、
大抵は専用のデータレコーダーを購入するようになるのである。

つづく。




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