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飛行缶 -SORA・TOBU・CAN-

デザインがカッコイイ缶を集め出したのが始まりでした。気づけば部屋中に大量の缶が。エピソードとともに整理しながら発表していきますので、おつきあい頂ければ幸いです。

戦場は白馬 1

nagano5


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セナプロの攻防 3

というわけで、本題はこれ。


LEYTON HOUSE
LEYTON  F1
清涼飲料水 350g
果糖、ぶどう糖液糖、酸味料、香料、ビタミンC、塩化Na
リン酸K、乳酸Ca、グルタミン酸Na、塩化Mg、ビタミンB2
ポッカコーポレーション 1990


いやー、懐かしい。あったなー、こんなブランド。
「レイトン」って聞いて懐かしいと思う人は間違いなく30歳以上。
若い人は知らないよ、こんな名前。

レイトンハウス(Leyton House )は1980年代後半から1992年まで、
F1やF3000などの国際レースで世界的に活躍したレーシングチームの名前。
だから、前回のセナVSプロストのバトルが面白かった時にも走ってたわけだ。

名前だけみると外国のチームみたいだが、なんとこれ日本のチーム
ホテルやゴルフ場を経営していた会社が金を出して作ったのだ。
今じゃ、スーパーアグリが資金不足で撤退するご時世なのに、
やっぱりバブルの頃って金があったのね。

レイトンハウスはアパレルも展開していて、当時は結構売れていた。
一時は、ベネトンに匹敵するほど有名だったような気がする。
F1のチームは知らなくても、服のブランドとして知ってる人も多かったし。

そんな中で、このジュースは発売された。
ジュース自体は他と同様、変哲のない流行りのスポーツドリンク。
売り文句は「勝利の味」。そのまんまやんけ。
「あななだけのポールポジションを目指してLET'S GO!」
あー、この意味不明な軽いノリが、バブル景気を物語っているなぁ。

デザインとしても中途半端で、微妙にカッコ良くないところもポイント高い。
何といっても、このエメラルドグリーンとゆーか、ターコイズグリーンとゆーか、
翡翠色の缶は、ドリンク類にはあまり使わない色なので珍しくて気に入っていた。

この色はレイトンハウスのイメージカラーで、F1のマシンもこの色。
非力なマシンなのに上位に食い込んだこともあって、そこそこ頑張っていた。
しかし1991年、バブル崩壊によりレイトンハウスの経営は悪化。
翌年にチームは消滅し、レイトンハウス社自体も1997年に倒産した。

レイトンという名前もカッコ良かったし、
日本の会社が作ったチームだったこともあって、
なくなってしまったことは非常に残念だ。

今回は3回に渡って語ってしまったが、
たったひとつの缶に、それだけの思い出があるというお話でした。



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セナプロの攻防 2

1990年は素晴らしい年だった

何がって、アラン・プロストアイルトン・セナの戦いである。
この名前がすらすら出てくる人は、なかなかの年齢の人だと思うので
近くに年齢不詳の人がいたら、聞いてみるといい。
「セナとプロスト、どっちが好きでしたか?」
男の人だったら、当時のこの2人のことを知らない人は少ないはずだ。

彼らはF1レーサーである。
最近のF1はいまいち面白くないと評判だが、それでも一応見ている。
観るなら野球やサッカーよりF1、という変人だから仕方ない。

プロストとセナは当時のトップレーサー
ベテランのプロストはマクラーレンチームに所属し、シーズンチャンピオンに輝いていた。
セナはまだ若手の部類だったが、プロストに匹敵する成績を上げていた。

1988年、そんなセナがマクラーレンに移籍してきた。
しかも同時に、マクラーレンのエンジンがホンダ製になった。
トップレーサー2人が、日本のエンジンを積んだマシンで走る。
マクラーレン・ホンダ黄金期の始まりである。
当然日本のファンは盛り上がった。
そしてこの年、プロストはセナにチャンピオンの座を奪われた。
この年のセナは、プロストというチームメイトの存在を軽視したような乱暴な走りが目立った。
クールで紳士的なプロストと、情熱的で傍若無人なセナ。
こうして2人の間には確執が生まれた。

翌年のチャンピオンシップも、やはりプロストとセナによって争われた。
そしてチーム同士の接触という最悪の形で決着がついた。
この年のチャンピオンはプロストとなったが、
セナはこの接触をプロストの故意だと理解した。
2人の溝はますます深まることになった。

そして1990年。
プロストは名門フェラーリに移籍。
今度は別々のチームで、またしても2人のチャンピオン争いが展開されたのだ。

日本ではセナの人気が高かった。
ブラジル人の彼は情熱ラテン系のキャラと走りで、ファンを魅了した。
ニックネームは「音速の貴公子」。
セナは確かに速いが、ボンボン育ちで暑苦しいぐらいの闘志むき出しな印象が鼻につく。
私はどうしても好きになれなかった。

変人の私としてはプロストが好きだった。
常に冷静沈着で安定した走りをし、理論的なレース戦略をするプロスト。
ニックネームは「プロフェッサー」。
クールな走りに見えるが、実は他のドライバーが真似できない
高度なテクニックを駆使して速いという、知的で緻密な走りに魅力を感じた。
ある関係者もこうコメントしている。
「セナは強烈に速いが、マシンに負担をかけず確実に走る腕はプロストの方が上ではないか」

1990年の優勝争いは、鈴鹿で決着することとなった。
ここでセナが勝てばセナの優勝。プロストが勝てば、決着は次の最終戦へ。
お互いに、絶対に負けられないと思っていただろう。
日本のファンが最も盛り上がった1日だった。

普段のF1は深夜に録画で放送されるが、この時ばかりは生放送である。
日曜の昼、国民の何割かがテレビに釘付けになったことだろう。
当然、私も万全の体制でテレビの前に鎮座していた。

予選のポールポジションはセナ。プロストは2番グリッド。
シグナルが青になった。プロストが好スタートを切り、セナの前に出た。
そして第1コーナー。

「あーーーーーっっっ!」 

実況の古館一郎も叫んでいたが、私も叫んでいた。マジで。
多分、日本中が叫んでいたと思う。

スタートからわずか9秒
第1コーナーでアウトから追い抜こうとしていたプロストに、
セナがインからぶつけたのである。
「ぶつかった」のではなく「ぶつけた」のだ。
マシンは2台絡みながらし、コースアウトして大破。
2人は目も合わせぬままマシンから降り、別々にピットへと歩き出した。

フジテレビが特集まで組んでさんざん盛り上げた鈴鹿戦。
チャンピオンをかけた手に汗握る2人のバトルが見所のはずだったレースは
2人のリタイヤという最悪の形で決着がつき、後味の悪いままセナの優勝が決定した。
ちなみにこのレースの1位が誰だったかは覚えていない。

翌日、学校ではF1の話で持ちきりだった。
あれは、故意事故なのか。
セナは勝つために手段を選ばないやつだ。
いや、昨年のプロストの接触に対する正当な報復だ。
プロストはわざとじゃなかったけど、セナのはわざとだ。
などなど。

結論から言うと、翌年に本人がコメントしている。
あの接触はわざとだったと。

プロストは個人の優勝も狙いつつ、チームを優勝に導くことも考えるドライバーだ。
セナは確かに速いが、クラッシュも多い。リタイヤすればチームにポイントは入らない。
同じマクラーレン時代、プロストは互いが無理をしてチームポイントを失うことがないよう
セナと紳士協定を結んでいた。しかし、セナは幾度となくそれを破った。
セナは自分が勝つことが最優先だったし、本人もそれを信条としている。
日本人としては、こうした自己中心的な行為は一般的に好まれないものだが
レーサーとしては勝利への執念は当然だという意見と、感情表現豊かなキャラによって、
セナは1994年にレースで事故死するまで、多くのファンに愛され続けた。
プロストとセナは生前に和解しており、プロストはセナの死をいたく悲しんだ。
さすが大人のプロストである。

というわけでもなく、そもそもライバルとの確執など
命を懸けて戦っているレーサーなら当たり前のことなのだ。

日本でのセナ人気は、日本のマスコミがプロストを悪役に仕立て上げたことによる。
日本では「速くてまじめなセナ、そのセナをいじめる悪賢いプロスト」といったイメージが
フジテレビの中継をはじめとする多くのマスコミで喧伝されていた。
英語の苦手な日本人向けに、意図的にプロストを悪役にするような通訳がされたという意見もあり、
プロストとセナの争いもセナを同情的に見るファンが多かった、ということである。
事実、レース関係者の間では、プロストの紳士的な走りが評価され、
セナに対しては非難の声も少なくなかったというのだから。

トップレベルの実力者たちは何だかんだいっても、互いを認めているようだ。
それもそうだろう。F1レーサーというのは国籍を問わず、
常に世界に22人しかいない。 
大リーグ選手やJリーグ選手などに比べたら、遙かに少数精鋭なのだ。
だからこそ、私はF1が好きなのである。

さて、さんざんF1について語ってしまったが、
このブログの主旨は、色んな缶を紹介することである。
というわけで、本題は次回。

今回は、その長い前フリでした。

ちなみに、前回の4コマも当然実話。
翌日にゲームセンターに行ったら、F1ゲームに人だかりが。
みんな第1コーナーで相手にぶつけて、
「オレはセナだー!」とか言っていた。
ホント、男って単純で子どもだよねぇ。
ま、そーゆー私も当然やったんですが、
プロストなので、クールに走りました(笑)


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セナプロの攻防 1

3-1

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デザイン缶への突入 2

そう、あれはまだ 初々しい 高校生だった頃…。

デザインの勉強をしようと、いわゆる画塾なるものに通っていた私。

各教室には、先輩が描いた上手な作品が「参考作品」として飾られているのだが、

そこで見かけた鉛筆デッサンを見て衝撃が走った。

「激ウマッッッ!!Σ(゜Δ゜)」

缶ジュース2本がアップで描かれていたのだが、表面についた水滴までがリアルに描かれている。

受験生としては、自分もいつかこれぐらい描けなくてはいけないのだが、

それにしてもレベルが違いすぎた。

おかげで強烈なインパクトとともに脳に焼き込まれたのだった。

そのデッサンのモチーフとなっていたのが、これ。
TERRA

TERRA
清涼飲料水 350g
糖類、酸味料、塩化Na、乳酸Ca、塩化K、塩化Mg、アルギニン、
ヒスチジン、リジン、イソロイシン、ロイシン、バリン、ビタミンE、香料
カルピス食品工業株式会社 1991




まったく見覚えない缶ジュースだったが、シンプルなデザインとロゴの形がいい。

「………実物が見てみたい。」

早速探してみると、実物はこれまたウルトラマリンディープで素晴らしい!

濃い青の地に白文字という2色だけのカラーリング。

「うーむ。やるなぁ、カルピス。」




ちなみに味はというと、ぶちっちゃけ「ポカリスウェット」のパクリである。

ポカリが1980年に発売され、3年後にアクエリアスが発売。

その後、バブル経済も後押しして、各メーカーから続々とスポーツドリンクの類が

発売されては消えていった。

このTERRAも間違いなくそのひとつで、数年と経たずして消滅している。

スポーツドリンクも競争の激しい種類だが、このデザインだけは残して欲しかったなぁ。




まめちしき

ウルトラマリンとは、もともとは天然のラピスラズリ(瑠璃)という鉱石を原料とした顔料絵の具。天然ウルトラマリンの原料となるラピスラズリは、ヨーロッパの近くではアフガニスタンでしか産出せず、それが海路で運ばれたため「海を越えて来た青」という意味でウルトラマリンと呼ばれた。日本の群青色に似ているが、原料としては別物。現在市販されているウルトラマリンのほとんどは合成のもので、天然ものよりさらに青みが強い。



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